医療が進歩して、人間もペットも長生きする時代になりました。しかし、長生きになったからこそ考え直さなければならない病気や症状もあります。犬は、人間と同じような病気にかかります。年齢を重ねれば痴呆症(認知症)にもなるのです。
これまでにはなかったトイレの失敗、家の中での不可解な行動、それらは痴呆症のサインかもしれません。あなたの可愛い愛犬が痴呆症になってしまった時、飼い主さんやご家族はどうすればいいのでしょう。
これからお話しすることは、あなたの愛犬も長生きすれば、もしかすると現実に起こり得ることです。痴呆症は、飼い主さんやご家族の愛情と接し方で予防も緩和もできます。高齢になった愛犬と、これまでと同じように楽しく過ごしていくために、是非とも予備知識として痴呆症について知っておいてください。
そして、すでに痴呆症になってしまった愛犬との過ごし方の、少しでも参考になればと思います。
犬の痴呆症とは
動物が生きていく上で、老化現象は避けられません。痴呆症もその一つで、犬も人間と同じように痴呆症になることがあります。
痴呆症は「認知機能不全症候群(CDS)」とも呼ばれ、老化に伴って認知力や反応性が低下して学習記憶能力が衰えてしまった状態、つまり、一旦は発達した脳細胞が減少して、これまでは普通にできていた行動ができなくなってしまった状態をいいます。
ある程度の年齢になって、普段ならしない事をやるようになったり、これまで出来ていたことが出来なくなったら、痴呆症のサインかもしれません。見逃さないようにしてください。
犬の認知症の症状や行動
では、痴呆症になった犬はどのような症状になって、どのような行動をするのでしょう。犬の痴呆症については「DISHA(ディーシャ)」と呼ばれるチェック項目があり、どの項目から症状が出始めるかは個体差がありますが、該当する項目が多くあれば痴呆症の可能性が高いといわれています。
「D」Disorientation(ディスオリエンテーション)「見当識障害」
これまでに身に付けた経験や知っている事柄、自分が現在置かれている状況が理解できずに混乱して起こる症状です。たとえば、
・長年過ごしてきた自宅の中で迷子になる
・自分のベッドの場所が分からなくなる
・慣れているはずの散歩コースで帰る方向がわからなくなる
・よく知っている人なのに認識できない
・食事時間や食事場所がわからない
・障害物を避けられずに立ち往生する
・部屋の隅に入り込んで後退できずに抜け出せなくなる
などがあります。
「I」Interaction(インタラクション)「社会的交流」
人間や他の犬、または他の動物との関わり方に変化が起きることで、今までに学習したはずの関わり方が保てなくなることです。精神面での変化が大きく、飼い主さんに対して異常に愛情を求めたり、逆に無関心になったり、攻撃的になる場合もあります。
具体的には、
・飼い主さんにしつこくつきまとう
・執拗に甘える
・飼い主さんに抱っこされても撫でられても喜ばない
・呼んでも反応がなく来ない
・人や他の犬と遊ぼうとしない
・家族が帰ってきても出迎えず喜ばない
・同居している犬や猫などへの攻撃性
・散歩で会った犬への攻撃性
・怒りっぽくなる
・接触や物音などちょっとした刺激にも敏感になる
などが挙げられます。
「S」Sleep-wake cycle(スリープ・ウェイク・サイクル)「睡眠サイクル」
睡眠サイクルが乱れる「睡眠覚醒周期」のことで、昼夜が逆転して日中の睡眠時間が増え、逆に夜間の睡眠時間が減少することをいいます。
症状としては、
・寝る時間になっても寝ようとしない
・昼間にずっと寝ている
・不眠と過眠を繰り返す
・夜中に徘徊する
・夜間に夜泣きまたは遠吠えをする
などです。
「H」House soiling(ハウス・ソイリング)「不適切な排泄」
してはいけないところで排泄して家を汚すという意味です。これまではちゃんと出来ていた室内での排尿や排便がコントロール出来なくなり、急にトイレを失敗するようになります。
・突然オシッコを漏らす
・散歩から帰ってすぐに家の中で排泄する
・トイレ以外の場所で排泄する
・自分のベッドまたはベッド近くで排泄する
・おもらしを繰り返す
・自宅の飼い主さんが見ている前で排泄する
・排泄する前兆(トイレサイン)が見られなくなる
・食欲があったりなかったりで極端になる
などの症状が見られたら要注意です。
「A」Activity(アクティビティ)「活動性」
活動性に変化が起こり、目的のある行動が減って、意味のない行動が増えます。無関心になって反応しないかと思えば、執拗に同じ場所を舐め続けたり、目的のない意味不明な行動が増えます。
・散歩に行っても以前のようにクンクンと匂わない
・目的もなくウロウロする
・無駄吠えが増える
・物や人を執拗に舐め続ける
・同じ場所をクルクル回り続けて疲れるまで止めない
・物事への反応がない
・何もない場所をじっと見つめている
・食欲が増すまたは減る
・噛みつく
・ボーッとしていることが多い
などが症状として挙げられ、これまでに教えて出来ていたことも突然出来なくなります。
犬の痴呆症の原因
犬が痴呆症になる大きな要因は、老化に伴う脳の萎縮や脳細胞の減少、ストレスによる酸化物質の蓄積によるものと考えられています。
再生されない脳の神経細胞は年を重ねるごとに減少して、何らかの原因によって急激に多量の神経細胞が死滅してしまうと痴呆症を引き起こす要因となってしまいます。そして、ストレスが溜まると脳の神経細胞を破壊する酸化物質が蓄積されやすくなるのです。
とはいえ、未だに分かっていない部分が多い病気でもあります。特定の犬種に起こりやすいという報告もあるため、遺伝による発症の可能性もあるかもしれません。
また、毎日の食事内容や生活習慣なども、痴呆症の発症に影響を与えていると思われます。
痴呆症になりやすい犬種
犬の痴呆症が多く発生しているのは日本犬です。現在日本では100種類以上の犬種が飼われていますが、痴呆症にかかっている犬の半数が「柴犬」です。柴犬との雑種犬も発症率が高くなっています。
柴犬や柴犬の血を色濃く継いだ雑種犬は突出して痴呆症にかかりやすく、その他の日本犬である「秋田犬」「北海道犬(アイヌ犬)」「甲斐犬」「紀州犬」「四国犬」や、天然記念物に認定されていない日本在来犬なども同じく痴呆症になる可能性が高いということになります。
日本犬は、日本人と長い年月を共に生活をしてきた流れで魚を多く食べており重要な栄養素となっていましたが、現在のドッグフードには魚を必要量配合していないものが多いため、必要な栄養素が不足しているのではないかと考えられています。
ちなみに、外国の犬種は痴呆症になりにくい、もしくは痴呆症にならないとのデータがあります。ラブラドール・レトリーバーやミニチュア・ダックスフンド、チワワやパグなどはほとんど痴呆症を発症しないようです。
犬の痴呆症の対処法と予防法
愛犬が痴呆症になってしまったらどう対処すればいいのでしょうか。
・危なくないように部屋を整える
・安心させるために声掛けをする
・抱きしめてあげる
・運動をさせる
など色々ありますが、それらはすべて痴呆症にならなくても必要なことですね。つまり、普段の愛犬との接し方に気を付けていくことが予防にもつながるのです。
とはいえ、痴呆症になったからこそ起こる困った行動もあります。そんな時には「痴呆症は病気だ」と割り切って、介護をする気持ちで愛犬のお世話をしてあげてください。
室内の環境を整える
見当識障害が起きると、部屋の中を徘徊したり隙間に入り込んで出られなくなったりします。犬にとっての危険な物は届かない場所に移動させて、入り込みそうな隙間は柵を置いて入れなくしましょう。愛犬がよくいる部屋の家具には、ベビーガードのようなクッション材を取り付ければケガの防止になります。
戸締りにはとくに気を付けて、間違っても愛犬が外に迷い出ないようにしてください。そして万一のために、迷子札やマイクロチップを付けておきましょう。
不適切な排泄をしたら
痴呆症になったら、してはいけない場所での排泄も起こります。ですが、痴呆症になっても叱られるのは辛いものです。
たとえ何が原因で叱られているのかは理解していなくても、「飼い主さんが怒ってる」のは感じ取れます。叱られることはストレスになり症状が悪化する可能性もありますので、トイレの場所を増やしたり、ペットシーツなどを敷いて片付けやすい状態を作って対処しましょう。
あまり頻繁に粗相をするようであれば、ペット用のオムツを活用するのもオススメです。
夜鳴きの改善には
犬の痴呆症に多い夜鳴きは、痴呆症によって睡眠リズムが乱れたというのもありますが、昼間に寝過ぎて夜になると目が覚める場合も多いようです。
日中はなるべく散歩に連れ出してあげましょう。いつも同じコースではなく、短時間ずつでもいいので毎回違う道を通って刺激を与えてあげてください。歩くことや走ることは脳の活性化につながるので、痴呆症の進行防止だけでなく予防にもなります。
愛犬の様子を見ながら、早歩きや駆け足も取り入れてみましょう。声掛けをしたり話しかけながら歩くとなおいいですね。
散歩に出るほどの元気がない場合は、ベランダや庭での日光浴も効果的です。朝日を浴びると体内時計がリセットされるので、睡眠リズムの乱れが改善されます。朝起きたら、飼い主さんも愛犬と一緒に太陽の光を浴びてみてください。
攻撃行動にはどう対処する?
愛犬が急に攻撃的になるには、老化によって視力や聴力が衰えて不安になっている、慢性的な持病の痛みから常に苛立っているなど、何かしらの理由があります。後ろからいきなり触ったりせず、愛犬がこちらを認識してから抱くなり触るなりしましょう。その時に、優しく名前を呼んであげたり、手を差し出して匂いを確認させてあげると愛犬も安心します。
また、攻撃性が強くなったと感じたら、小さい子どもや他の動物を近づけることは避けましょう。何が引き金となって攻撃してくるか、よく観察してタイミングを知っておくことも大事です。
万が一にも愛犬が噛み犬といわれないよう、飼い主さんが気を付けてあげましょう。
スキンシップで改善と予防
痴呆症の症状を改善するにも、もちろん予防としてもスキンシップは大事です。愛犬にとって、大好きな飼い主さんとのコミュニケーションはとても嬉しくて刺激になるのです。
といっても特別なことをするわけではありません。毎日の散歩、ブラッシング、食事前の「スワレ」「マテ」といった基本的なしつけの流れ、オモチャで遊ぶ、頭を撫でる、話しかけるなどです。リハビリやボディチェックを兼ねたマッサージなどもいいですね。触れ合う時間を大事にして、愛犬に安心感を与えてあげましょう。
犬の痴呆症~予防・対策としての食事~
人間と同じく、犬の痴呆症の進行防止や予防には「DHA(ドコサヘキサエン酸)」や「EPA(エイコサペンタエン酸)」が有効だといわれています。DHAやEPAには脳神経細胞を活性化させる働きがあり、同時に摂取することでより効果があります。
ただし、DHAとEPAは酸素に触れると酸化しやすいという性質を持っていますので、抗酸化作用がある「ビタミンE」や「ビタミンC」も共に摂取することが望まれます。ビタミンEとビタミンCは、どちらも緑黄色野菜に含まれています。
そして、とくに痴呆症が発症しやすい柴犬や柴犬系の雑種犬は、DHA・EPA・ビタミンE・ビタミンCの同時摂取を早い時期から心がけて欲しいと思います。犬用の青魚などを、いつもの食事にプラスしてあげるだけでも効果的です。
また、緑黄色野菜やレバーなどに含まれる「αリポ酸」や、牛肉の赤身などに含まれる「Lカルニチン」も、細胞のエネルギー代謝の効率アップに有効な栄養素です。
いつもと違う食事は、痴呆症によって食欲がなくなってきた愛犬にもきっと気に入ってもらえるでしょう。
まとめ
愛犬にはいつまでも元気で長生きしてほしいものです。しかし現実には、犬の痴呆症は長寿化に伴って増加しています。
痴呆症にならないためには、ストレスを溜めない・食事を見直す・良い刺激を与えるなどが有効ですが、もし痴呆症になってしまっても一人で抱え込むのはやめましょう。飼い主さん自身のストレスが溜まってしまわないよう、不安や心配ごとは動物病院で相談してください。
愛犬のことを普段からよく知ってくれているかかりつけの獣医師さんがいてくれれば、さらに心強いですね。